Presented by B.B.C./Biwako Bass Communications

Editorial
Vol.22(03/02/18)

フィッシングショーの収穫

 恒例のフィッシングショーOSAKAが2月14〜16日に開催された。

 大阪でフィッシングショーが始まったのは1964年のこと。当時は大阪釣り用品見本市という名称で、難波にあった大阪府立体育館で開催されていた。小学生だった著者が釣り好きの叔父に連れられて始めて見に行ったのが第2回で、それから今年までたった1回欠かしただけである。つまり、第1回と、途中でもう1回抜けただけで、残りの38回はすべて見に行ってるから、相当のフィッシングショーおたくだと言われても否定はしない。正直な話、著者はフィッシングショーが大好きである。ただし、その見方は大いにかわったが、それについては後述しよう。

 最初の頃のフィッシングショーは大人も子供も入場無料。カタログや試供品もただでもらえたから、袋一杯集めて重いめをして家へ持って帰って、後でゆっくり目を通すのが子供にとってはたいへんな楽しみだった。それが会場を港区朝潮橋の国際見本市会場に移して数回たった頃から入場料を取るようになり、カタログも大きなメーカーは足並みをそろえるように有料になった。さらに会場を南港のインテックス大阪に移し、名称をフィッシングショーOSAKAにかえて今日に至っている。

 名称をかえた理由は、最初の頃は業者相手の見本市の色合いが濃かったのが、回を重ねるにつれて一般の入場者がどんどん増え、途中からはそちらの方がメインになってしまった。そんな実状に合わせて、しかも入場料まで取って一般消費者を相手に見せるショーをやってるのだからと、年に1回のフィッシングタックルショーにふさわしい今風の名前にかえたわけだ。

 それともう一つのフィッシングショーの大きな転機は、80年台末から90年台にかけてのバスフィッシングブームとともにやってきた。それ以前はメーカーのインストラクターやモニターとして普通に参加してた有名バスプロが、ファンの急造とともに大勢からサインや写真撮影を求められるようになり、セミナーに駆り出されて大群衆を前に話をするようになったのだ。

 その頃、著者は下野正希プロに依頼して、1日に何人サインしたか数えてもらったことがある。その答は確か200人台だったと記憶しているが、それでもずいぶんな人数だと思ったものだ。ところが、その翌年に同じ依頼をしたときには、とても数えられなくなってしまっていた。これが、まだブームが爆発する前の話で、それから数年のうちに空前のバスフィッシングブームとともにフィッシングショーの入場者が爆発的に増え、有名バスプロは一躍時の人になった。

 その後の経緯は皆さんもよくご存じの通りである。朝早くから会場前に長い行列ができ、駐車場へ入るのは大渋滞。開場とともに人気メーカーのブース目指してファンが駆けだし、カタログ売り場は人波が途切れず、ブース内は身動きが取れないほどになり、通路さえ人であふれかえった。有名バスプロは契約各社のセミナーやサイン会などに追われまくった。この時点でフィッシングタックルショーは、本当の意味でのフィッシングショーにかわったのだ。

 フィッシングショーOSAKAは今回が第40回。その記念として小中学生が入場無料になった。ところが、それにもかかわらず今年の会場には子供の姿がとても少なかった。ちょっと前なら場内をグループで駆け回っていた中学生や高校生の姿がうんと少なくなっていたのである。これはバスフィッシングブームの退潮とともに新規に釣りを始める子供が激減しているからのようで、入場者の年齢がそのまま全体に押し上がっているように見えたのは皮肉なことだ。

 それともう一つの変化は、サインや写真撮影を求めて回るようなファン層が減ったことだ。特定メーカーの帽子やジャケットを身に着けてる人も、つい1、2年前にくらべて激減している。こういう人達が来なくなったのか、あるいは会場へは来ていても同じことをしなくなっただけなのかはわからないが、あきらかにフィッシングショーに来ている人に変化が見て取れる。その意味では、若年層の減少とともに、フィッシングショーが新たな転機にさしかかっているのかもしれない。

 そんなフィッシングショーを40年近くに渡って見続けてきた著者は、最初の頃は一般のアングラーとして見るだけの立場だった。それが釣り関係の出版社に入ってからは取材する立場になり、一時はメーカーにも関わり、数年間はサインや写真撮影を求められたりもした。今は取材半分、一般の見学者半分の立場に戻り、去年と今年はわざと業者日を避けて一般公開の土日に行くようにした。その理由は、ショーに展示されてる物を見るよりも、ショーを見に来てる人や、そんな人達に見られてるブースやメーカーの人達の様子を見てる方が、よほど面白いからである。

 取材者にとって、フィッシングショーというのは、ネタの宝庫である。いろんな人に会えるし、いろんなことを見ることができる。そんなショーの業者日だけ見て帰って、一般のアングラーがやってくる土日に見に来ない取材者の気が知れない。これって、誰にでもわかる宝の山が目の前にあるのに、気付かないで素通りしてるようなものだ。

 例えば、アユ釣りの事情に詳しい人物に聞いた話。アユ釣りのために放流した琵琶湖産のコアユが冷水病で大量死する現象があちこちの川で起こっている。しかもそれが何年も続いたものだから、これは放置できない各河川漁協の死活問題だということで、放流を人工産や海産などの小アユに切りかえるようになった。その結果、琵琶湖産のコアユが以前ほど売れなくなったというのだ。琵琶湖の漁業者が外来魚の駆除に力を入れるようになり、そのための補助金が年を追うごとに増額されてるのは、コアユが売れなくなったのをカバーするためではないのか。その話を聞いて、何人かのアユ釣り師に聞いたら、ほぼ全員が同じ意見だった。

 著者は何年も前から、川にバスが増えた大きな原因は琵琶湖のコアユの放流にまじって広がったのではないかと思っていた。しかしながら、それを声を大にして言ったらアユ釣りに影響が出るのではないかと考えずにはいられなかった。ところが今回のフィッシングショーで意見を求めた多くのアユ釣り師は、「心配するほどの影響はない。どんどん言うべきだ」と明言した。中には、「琵琶湖のコアユを放流してくれない方が私達もうれしい」とまで言うアユ釣り師もいた。こういう意見をその場で聞いて回るのに、フィッシングショーというのは願ってもない場なのである。

 例えばメーカー同士の力関係について、ファンの反応を見ようと思えば一般公開日に見るしかない。朝一番からやって来る人達はどこのメーカーのブースに集まるか。ゆっくりとお昼頃にやってくる人達はどうか。終わり近くまで帰らずに残ってる人はどこのブースに多いか。その人達の服装は? 年齢層は? そういうことを見ようと思ったら、1日に何回も会場を回らないといけない。だから著者は、1日中、マグロのようにショー会場を周回し続けるのである。

 そんな大勢のアングラーが集まるフィッシングショーであるにも関わらず、発表される新製品は雑誌などですでに紹介されてるから、見るべきものは何もないなどとわかった風なことを言う。そういう声がメディア関係者に多いのは残念な限りである。そう言えば、今年のフィッシングショーOSAKAの一般公開日は、例年以上にメディア関係者の姿が少なかった。彼らの視野にあるのは有名アングラーや人気メーカーだけで、一般アングラーの立ち居振る舞いに目を向けるなんてことは、きっとないんだろうね。

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