Presented by B.B.C./Biwako Bass Communications

Editorial
Vol.28(03/03/07)

皇居のお濠と琵琶湖の関係

 どれだけ急進的な自然保護主義者でも、皇居のお濠には手を出せないだろうと言われていた。天皇陛下のお膝元である皇居のお濠の水を抜いて大々的に外来魚を駆除することが何を意味するか。皇太子時代にアメリカからブルーギルをお持ち帰りになられた現天皇が、そのことにお気付きになったら、どうお思いになるか。あえて、それを承知の上でやるというのであれば、よほどの覚悟であろう。

 江戸時代からの環境を伝える皇居のお濠には、その象徴的な意味もあって、人の手により様々な魚が移植されてきた。その中には元々濠にいなかった魚も多く、公式に移植された数種類の外来魚も含まれている。濠という存在自体が江戸城を守るために造成された人工的な水域であり、そこに様々な人為的影響が加わった結果として現在の環境や生物相ができあがっている。

 そんな水域のことを書くのに、著者は自然環境というような言葉は使いたくないから、「江戸時代からの環境を伝える皇居のお濠」とした。2月17日のasahi.comの記事に出ていた「江戸時代の自然が残るお濠」という類の表現には抵抗を覚えてしまうのである。江戸時代に人間が造ったお濠の自然って、いったいどういう自然なのか。拙稿の中程で出てくる先生が「琵琶湖を40年前の環境に戻す」と言うのと同類のうさん臭さをそこに感じるのは、一人著者だけではなかろう。つまり、すでに人間がいる場所で、人間が評価する自然については、様々なあり方の可能性が問われるべきで、唯一不変の理想的な自然環境なんてあり得ないということである

 牛ケ淵という皇居のお濠で2月17日から3月7日まで、水を抜いてのゴミ掃除と外来魚駆除が行われている。まず濠の水門を開け放って水を落とし、落とし切れない水は水中ポンプを使って汲み出して、3月3日までに半分以上が干上がった。外来魚の捕獲がピークを迎えた3日だけでバスの50cmオーバー1尾、40cm級9尾、ブルーギルの10cm級10数尾など外来魚計549尾の成果があった。モツゴ、ワカサギ、ヌマチチブなど在来種は2231尾。60cm以上のコイやソウギョ、ハクレンなども91尾いたそうだ。ここで言う在来種とは、外来魚に対する在来種であって、牛ケ淵に昔からいる在来種という意味ではない。皇居のお濠にワカサギがたくさんいるのがバランスの取れた自然かどうかは、意見の分かれるところではないかと思う。それと、コイにソウギョ、ハクレンなどを加えた91尾が外来魚の549尾と重なり合ってるのか別集計なのか、なぜそういう区分にしたかも不明だ。

 2002年度に牛ケ淵で行われた調査により1歳以上のブルーギルの成魚が2531尾、バスが105尾いると推定され、同年度に11回行われた捕獲作業で約1200尾のブルーギルと75尾のバスを投網などを使って取った。今回はそれをさらに押し進めて徹底駆除する考えで、管理事務所の東海林克彦次長は「どこまでやれるか未知数だが最大限の努力をしたい」と話している。

 この外来魚駆除作業中の牛ケ淵を琵琶湖博物館の中井克樹主任学芸員が視察に訪れた。そこで言った言葉が「ブルーギルやブラックバスを根絶した例もある。この水域の事情はよくわからないが、環境省の事業だけに、根絶をめざした強い姿勢が望まれる」だって。「事情はよくわからないが」と前置きした上で、それでも「環境省の事業だけに根絶をめざした強い姿勢が望まれる」と強引に持って行くのは、お得意のカエルの三段飛び的論理展開である。つまり、水域の事情なんかよくわからなくてもいいから、環境省などのお役所からのお墨付きとバックアップ体制を得て、根絶をめざした強い姿勢でやらなくてはならない。でないと、バスアングラーからの反対意見に対抗できないと、この人の言葉をカエル跳びを外してわかりやすく翻訳するとそういうことになる。これって、琵琶湖でやってることそのままだと思うのだが、こんなことを日本の大新聞が批判も何もなしに載せてていいのか。

 「事情がよくわらからない」って言うのは、ブルーギルがどのようなプロセスで日本中に広がっていったかなんてことには頬被りしたいから、こういう言い方をするんだろうね。つまり、必死で皇居のお濠の外来魚を駆除してる先生方も、そこへ視察にやってきて「この水域の事情はよくわからないが……」なんて言ってる先生も、つまるところは日本の国からブルーギルを完全駆除して、そんな外来魚がいたという痕跡をきれいさっぱり消し去りたいのではないのか。バスの駆除や釣り禁止を口やかましく言うのは、一つのアリバイ工作ではないのか。

 池原ダムや琵琶湖でバスが釣れ始める以前、関西では野池のバスフィッシングがブームだった。今から20年以上も前のことだ。兵庫県東播地方の東条や社、滝野、小野、加西などの野池へ著者もよく釣りに行ったものだが、その野池が数年に一度、水抜きで魚が釣れなくなってしまうことがあった。よく釣れてる野池の水が抜かれることがあり、「ここは当分ダメかな」と思いながらも、あきらめ切れずに半年から1年ぐらいたってから釣りに行くと、意外なことに水抜き前とぜんぜんかわらないか、前よりもよく釣れるようになっている。そんな経験が何回もある。

 東播の野池は、ほとんどが水田に水を引くための貯水池で、網の目のような用水路で複雑につながっている。その水路を通ってバスが他の池から移ってくるのか、あるいは誰かが連れてくるのか。それにしても、たった1年ほどしかたたない間に、水抜き前とかわらないまでに釣れ方が回復するのには恐れ入った。そんな池が何年か後には爆釣のグッドコンディションになったりするから、「たまには水抜きもしてもらわないと……」なんて話し合ったものだ。

 こういう経験をし尽くした身としては、「ブルーギルやブラックバスを根絶した例もある」なんて言葉を聞くと、「どこで?」「どうやって?」「それで何年もったの?」と思ってしまうのである。しかも、今言われている完全駆除は、限られた釣り場も残さない完全駆除であって、そのあかつきにはバスフィッシングというものは日本の国から消えてなくなるわけだ。それを納得しないバスアングラーが大勢いるのを無視して、完全駆除なんてことができるわけないのはEditorialで何度も書いてきた通りである。

 皇居のお濠でこれだけのことをやりながらも、管理事務所の次長は「どこまでやれるか未知数だが最大限の努力をしたい」と言っている。この発言には注目する必要があるだろう。「お濠の水抜きまでして大騒ぎで外来魚を駆除してるけど、本当に根絶なんかできるの?」と思ってるんだとしたら、この人が一番冷静かもしれない。さすが環境省皇居外苑管理事務所の次長だけのことはある。名前にこれだけ漢字が続く事務所の次長だから、さぞ偉い人なんじゃないかと思ってしまうのだが、「未知数」とか「最大限の努力」とか、わざわざこんな言い方するのは、自分達が管理してるお濠でやりたい放題やってる先生方への、せめてもの抵抗か。だとしたら、この次長、そこらの三流学者よりも一枚も二枚も役者が上だ。

 あるいは、琵琶湖の先生が「この水域の事情はよくわからないが……」と言ったのも、皇居のお濠を大々的に水抜きしてまで外来魚の駆除に取り組んでる先生方に対して何か言いたいことがある、その思いの表れかもしれない。つまり、外来魚駆除派にもいろいろあるということ。それぞれの事情や主義主張があっても、完全駆除で一致するのは、やっぱりブルーギルのことが頭にあるからか。

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