Presented by B.B.C./Biwako Bass Communications

Editorial
Vol.61(06/05/12)

池原ダム有料釣り場化計画

 奈良県上北山村と下北山村漁協が5月1日からニジマスの漁業権を得たことを受けて同日、池原ダム湖畔の平成の森で湖開きの式典が開催された。両漁協組合長を始め奈良県内水面漁連会長、県農林部長、日本釣振興会と全日本釣り団体協議会のメンバー、有名バスアングラーらが出席。地元の幼稚園児がニジマスを放流するセレモニーもあった。池原ダムには式典の前にもニジマスが放流されていて、すでにゴールデンウィーク中に釣り上げたアングラーが何人もいた。今後、両漁協管内でニジマスを釣るには他魚種も含め日券1000円、年間券3000円の入漁料が必要になるが、年内は徴収しない方針。このニュースを伝えたasahi.com奈良の5月2日付記事は、「それ(入漁料)が不要のバス釣り客をどう見分けるのかなどの課題が残る」としている。

 Bassingかわら版読者の皆さんはすでにご存じと思うが、漁業権が設定されていない魚種を相手にする釣り人から漁協が入漁料を徴収することはできない。内水面の漁業権には対象魚種の増殖義務がともない、ただそこにいるだけの魚を獲る排他的権利が特定の組織に与えられているわけではないのである。池原ダムに年間何万人のアングラーが来てバスを釣ろうと、それは公有水域で誰の助けも借りずに生息しているだけの無主物であるバスを釣って遊んでるだけだから、そのことを理由に入漁料を取る権利は誰にもないわけだ。ところが一つだけ怪しげな徴収方法があって、ルアーでバスを釣っていればニジマスも釣れる可能性があるから、それを根拠に入漁料を取る、払うのが嫌だったらバスを釣るのもやめてくれと主張する、こういうことをやってる釣り場が全国に何カ所もある。asahi.comは「バス釣り客をどう見分けるのか」と書いているが、見分ける気は最初からなくて、一緒くたにすることで無理矢理徴収してるわけだ。

 奈良県内漁連が過去2回に渡って開催したシンポジウムは、池原、七色ダムでの漁業権取得を視野に入れたバスフィッシング振興がテーマの一つだったはず。それが降って湧いたようにニジマスの漁業権取得に転じたことに、ある種の疑念を禁じ得ない。バスの漁業権については、特定外来生物被害防止法との兼ね合いから今後新たに認められる可能性はまずない。それどころか、すでに認められている山梨県河口湖などでも、漁協の運用がまずければ、へたすれば取り上げられかねないのが実状である。現在はバスの漁業権釣り場への締め付けがそれぐらい厳しくなっている。だったらバスはあきらめて、池原ダムをニジマス釣り場にするつもりなのか。あるいは、ニジマスの漁業権を楯にいつかはバスアングラーから入漁料を徴収する腹づもりなのだろうか。

 ニジマスをどんどん放流して大規模管理釣り場を目指すのなら、バスアングラーにとってそれはバスフィッシングの質が将来どうなっていくかの問題である。ニジマスがバスのエサを奪わないか。バスの稚魚がニジマスに食われないか。もしいつかニジマスがメインの釣り場になるようなことがあったら、そのときにバスアングラーが阻害されないか。そんな問題が考えられるが、まああまり心配はなかろう。ニジマスを大量放流してバスと共存してる釣り場は日本にもアメリカにもたくさんある。ニジマスのエサとしてワカサギなどが放流されるんだったら、むしろ歓迎すべきかもしれない。それでニジマス釣り場として存続していくのであれば、同時にバス釣り場としても存続していく確率の方がニジマスオンリーの釣り場になる確率よりも高いはずだ。

 バスアングラーからも入漁料を徴収しようとしてきた場合、選択肢は二つある。払うか、払わないか。これはバスアングラーの判断だけを言ってるのではなく、実際問題として徴収を肩代わりするボート業者が協力するかしないかの判断も含まれる。「そんなもん払えるか!!」と言うのは簡単だが、もし業者が徴収に協力することになって、ボートを借るか降ろしてもらって釣りに出るときに「払ってくれ」と言われたら、はたしてそれを拒絶できるだろうか。全業者が徴収に協力し、払わないアングラーにはボートを貸さない、降ろさないとなったら、もはや選択肢はない。払いたくなければ釣りに行くのをやめるしかないことになる。

 入漁料は払いたくないけど、どうしても池原ダムでバスフィッシングをしたいときはどうするか。正面切って闘うなら、裁判でもやってみれば面白いかもしれない。お金と時間はかかるけど、過去に判例はないので勝てる可能性はある。つまり、似たようなケースで裁判に持ち込まれた例はなく、たいていは嫌々か進んでかは知らないが入漁料を払ってきたのが現状なわけだ。もしかしたら、おとなしく払ってきたから釣り人は漁協や漁連や水産課や水産庁からなめられて、今回と似たようなことが頻発しているのかもしれない。だから、負けるリスクを承知の上で裁判に訴えることも、それはそれでやってみる価値はあるだろう。

 さて、ここからはもう一つの選択肢、入漁料を払うことの問題点を検討してみよう。料金はすでに決まっているし、安くしろと言ったところで認可されたものが簡単にかわるわけでもないから、その意味で検討の余地はない。ならば、その料金に対してどれだけのサービスが得られるかと、バスアングラーがみずから進んで払おうという気になるための条件整備が十分になされるかどうかが問題となる。サービスとしてのバスの放流は外来生物法施行下では問題外。ニジマスのエサとしてワカサギなどを放流したり、ニジマスの稚魚を放流するぐらいがせいぜいだろう。環境整備については、例えば今シーズンも設定された禁漁区の設営や見回りを十分に実施したり、安全面や迷惑行為に対する指導や監視をボート業者と協力して行う能力が漁協にあるかどうかが問題になってくる。条件整備とは、上のようなことを何かしようとしたり、内容を決めたりするときにバスアングラーの発言権が十分得られるかどうかだ。そんな最低限の条件も整わないのに、ただ金だけ払えと言われても、それは納得できるものではない。

 入漁料を払うということは、見方をかえると外来生物法の施行で現在旗色の悪いバスフィッシングの存在が認められることでもある。表向きはバスフィッシングをする対価として入漁料を払っているわけではないが、払ってるのはあくまでバスアングラーだから、バスアングラーがいなくなれば払う人もいなくなる。そのことを人質に取って、バスアングラーが発言権を得ることができれば、バスフィッシングの環境は今よりももっとよくなる可能性はある。少なくとも、集まった環境整備協力金がどこへ行ってるかわからない現状よりはましになるだろう。なぜ今までそんなことになってたかと言うと、漁協や業者だけ、つまり身内だけで何もかも決めてやってたから、本当にまずいことを指摘できる立場の人間がいなかったからだ。さらに付け加えるなら、現在の漁協にバスアングラーの意見を聞いたり、それを釣り場の改善につなげる能力はない。そんな相手をなんとかなだめすかして、環境協力整備金のようなエサを目の前にぶら下げながらやってきたのが現状だ。その意味では、池原ダムのバスアングラーが民主的な発言権を得る、これが最後のチャンスかもしれないのである。

 5月1日の湖開きの式典の後、参列者の一部による会合が持たれた。ここでも同種の会合の例にもれずバスアングラー代表の姿はなく、全釣り協と日釣振、元バスプロ、バスアングラーの振りをしたボート業者、釣りメディア関係者らが出席しただけ。この場がバスアングラーの意見を聞きましたというアリバイ作りに利用されないことを祈りたい。また、漁協組合員でもある下北山村貸船業組合のトップが出席していないのは、非常に興味深いできごとと言えるだろう。池原ダム有料釣り場化計画に向かって、漁協側もまだまだ問題山積みのようである。

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