Presented by B.B.C./Biwako Bass Communications

Editorial
Vol.38(04/03/23)

バスの食用化が進まない理由

 滋賀県が募集していた外来魚のアイデア料理を審査する「バスギルアイデア料理コンテスト」が3月20日に大津市の滋賀女子短大で開催された。県内外からプロアマ合計129点の応募があり、事前審査で優秀賞に選ばれたアマ部門2点、プロ部門3点を会場で応募者自身が調理して約160人が試食。それぞれの部門の最優秀賞を決めた。

 コンテストのもようを新聞やテレビなどが伝えていたが、新聞が最小限のスペースで冷静に事実だけを伝えていたのにくらべて、テレビニュースの方はあいかわらず「やっぱりな」と思ってしまう低次元な報道ぶりであった。いわく「滋賀県が頭を痛めている外来魚」「なかなか食用化が進まない」「においが嫌われる」「料理するのに手間がかかる」などなど。このあたりまでは、おそらく滋賀県がコンテストを開催するに際して配付した資料を味付けして伝えたのであろう。念入りなことに読売テレビのニュースに至っては「泥臭い」とまで言っていたが、これはたぶん滋賀県が言ったのではない。取材者のがんばりが無知に足をすくわれた失敗報道の好例か。バスは独特のにおいはあるが、適切に処理保管してあれば決して泥臭い魚ではない。またしても外来魚に関して、ろくな取材をしてないのがバレバレの、あきれかえった手抜き報道である。

 今から15年程前にフランス料理の巨匠の1人、シャルル・バリエというシェフが来日し、大阪の有名フランス料理店、ル・ポンド・シェルで大々的に報道陣を集めた試食会が行われたことがある。そのときに使われた食材が琵琶湖のバスだった。シャルル・バリエが最も得意とするのは、フランスの川にいるサンドル(川スズキ)という淡水魚を使った料理だ。それを日本で再現するのに、鮮度が決め手となる材料をフランスから取り寄せたのでは、まったく使い物にならない。それなら琵琶湖のバスではどうかということになり、試してみたらいけるじゃないかということで試食会が実現した。主催者の説明ではそういうことであったが、その料理が当時真新しく琵琶湖畔にできたばかりの大津プリンスホテル最上階レストランの看板メニューとして出されるという、まあ例によってよくできた話である。。

 当時、週刊釣りサンデーの記者をしていた著者は、特にグルメというわけでもなかったのだが、バスに詳しいというだけの理由で試食会の取材に差し向けられた。大手新聞や雑誌、テレビなどにまじって、たかが釣り雑誌の記者が負けじとがんばって取材した。と言うか、巨匠のおいしい料理だけはしっかり味わって、あとは適当に話を聞いて帰って2分の1ページほどの記事を書いた。記事の内容は覚えてないが、シャルル・バリエの料理の味はよく覚えている。琵琶湖のバスが巨匠の手にかかり、高級レストランという場所できれいな皿に乗って出てきたら、これほど奥深く味わい深い料理に変身するものか、なんてことは味音痴の著者にわかるはずがない。それでも、普段食べてる料理にくらべて、なんとおいしいことかとは正直に思った。だから、読売テレビニュースのごとく自ら墓穴を掘る結果にならないように、釣りサンデーの記事には料理の味について詳しく書かなかったことだけは覚えているのだが、そのかわりに何を書いたのかは覚えていない。

 その取材の同じテーブルに新聞社の女性記者がいた。その人と話をしていて、「バスは皮に独特のにおいがあって、それが日本人に嫌われる」ということを著者が言ったら、記者会見でその女性記者が「バスには独特のにおいがあるらしいが……」とそのまま受け売りの質問をした。その質問を聞いたシャルル・バリエは、それまでにこやかに笑っていたのが急に真面目なプロのシェフの顔になり、すっくと背筋を伸ばしてきっぱりと答えた。

 「サンドルにも同じようなにおいがあって、それがこの料理の旨味になっています。そのにおいが嫌いなのであれば、この料理は食べない方がいいですね」

 女性記者は、何言ってるの???とピンとこないような顔をしていたが、この回答を聞いた著者は、一本取られた気がしたのを今でもよく覚えている。いろんな副材とソースを組み合わせることで主材の味と香りを最大限おいしく引き出すというフランス料理の考え方からすれば、シャルル・バリエのバス料理は独特のにおいを消さないままでいかにおいしく仕上げるかということに心血が注がれていると言ってよいであろう。だから、そのにおいが嫌いなのであれば食べない方がいいということになる。たぶん、そういうことで間違ってないと思うのだが、シャルル・バリエに直接確認したわけではないから、これで絶対に合ってるという自信はない。

 話が長くなったが、何が言いたいかというと、バスも食べ方次第でおいしい食材になるのだ。それが、なぜこれほどまで日本で受け入れられないのか。答は簡単だ。政治家と行政、メディアが手を組んで湖のギャングだの害魚だのと最悪のイメージを植え込み続けてきた、そんな魚を今さら食べましょうと言われたって、誰が食べるもんか。度重なる刷り込みによって植え付けられた悪いイメージは、簡単に覆せるものではない。その自業自得の罠に自らはまり込んでる、そのよい証拠が今回の「バスギルアイデア料理コンテスト」の報道である。

 せっかく滋賀県が外来魚を食材として普及するために開催したイベントなのに、それを伝えるテレビニュースが「害魚」「臭い」「好まれない」なんて言ったら、それを見てる人はどう思うか。おまけに、優秀賞に選ばれてコンテストに出てきた料理なんて、どれもこれもやたら手間暇のかかりそうなものばかり。こんなのを見せられたら、「やっぱりバスなんか食べられないわね」と思うのが普通じゃないのか。

 それと、もう一つ。はっきりとはわからないのだが、3月20日付けのKyoto Shimbun Newsに「ブラックバス約200匹を使い、午前8時半から下ごしらえ。白身のクレープ包みやそぼろすしなどを手際よく仕上げた」とあるのを見ると、最終コンテストにはバス料理しか選ばれなかったのか。こんなことしたら、滋賀県の研究者や水産試験場が琵琶湖に散逸した外来魚であるブルーギルは、食材としては使い物にならないということをアピールする結果になってしまうのではないか。普通、イベントの企画をするときには、そういうケースがあることも考えて、バス部門とギル部門を分けるなどの保険をかけるものだが、滋賀県はそんな最小限のことにも考え至らなかったのか。

 日本でバスやギル料理が容易に普及しない最大の原因は、日本人が淡水魚を好まないというただ一点である。これは食文化の問題でもあるし、好みの問題でもあるから、いくらおいしいですよ食べなさいと言ったところで、嫌いなものを食べるわけがない。そういうどうしようもない問題である。そんなのを相手に滋賀県がジタバタしてるのは、滑稽そのものだ。

 さらに悪いことに、淡水魚でなくても、海の高級魚でさえ自分で料理して食べるのを嫌がる、あるいはできない日本人が多くなってるという事実がある。ジギングに行ってハマチが入れ食いでクーラー一杯釣って帰っても、まる1尾のままではなかなか引き取り手がない。ハマチは高級魚ではないからまだわかるが、カンパチやメジロでもそのままでは引き取り手がないのは同じ。さばいて切り身にすればなんとか引き取ってもらえるし、できることならお刺身にして皿に乗せてケンとワサビも添えてあればなおベターなのだが、まる1尾のままプレゼントしても料理できないというのが現在の日本の多くの家庭事情なのである。

 つまり、魚をさばいて食べるという単純で基本的なことが、もはや普通の日本の家庭ではなかなかできにくくなってるわけだ。これは例えばマンションのダイニングキッチン、台所と一体のスペースに食卓があって、そこで料理も食事もする、そういう空間を考えていただければ、そこで魚の鱗を取って、開いて降ろして皮を引いてというような料理ができるものかどうか、それがバスだったらどうなるか、言わなくてもおわかりいただけるだろう。

 そんなことで日本人の多くが魚嫌いになりかけてるところへ、今さら滋賀県がバスやギルを食べましょうと言ったところで、「誰が料理するの?」「どうやって食べたらいいの?」「そんな面倒くさいこと私とてもできないわ」「台所が臭くなるの嫌だわ」ということになってしまうのが落ちである。おまけに湖のギャング、害魚といった最悪のイメージが多くの日本人の頭にこびり付いてしまっている。そのイメージは誰あろう、政治家と行政とメディアが手を組んで、たくさんの税金を注ぎ込み、手間暇かけて植え付けたものである。

 それでもやり抜くと滋賀県が一大決心をして、琵琶湖の外来魚駆除に匹敵する莫大な税金と労力を注ぎ込み、もし近い将来、本当に外来魚料理を普及させることに成功したらどうなるか。その頃には、滋賀県の目論見通りであれば、琵琶湖のバスやギルは駆除されてしまって、ほとんど獲れなくなってるかもしれないんだけど、材料はどうするんだろうね?

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